最強のWebメディアとは、「温泉に浸かって『いいね!』を押すサザエさん」である
2015/06/09カテゴリー:コンテンツマーケティング
「コンテンツSEO」とか「コンテンツマーケティング」という言葉がもてはやされているように、SEOをはじめとするWebマーケティング業界が「コンテンツ至上主義」に走るのは自然な流れだと見ています。
こうなると次はコンテンツを企画・制作・発信するスキルやスキーム作りが求められる事になります。(果たしてこれがWebマーケティングなのか、という議論は置いておきます。)
さて、コンテンツを発信するという事はある意味「メディア」としての役割や責任が求められると考えています。
最近はどのようなWebメディアを制作・発信すべきか、どのような立ち位置でいるべきかなんかをあれこれ考えています。
※この記事では、「メディア素人」が素人なりに考えた事を思考整理的に書いていますので、メディアに精通した方から見れば稚拙な内容となっていると思います。あたたかく見守ってくだされば幸いです。
そもそもコンテンツは消費されてナンボである
logmiに上がっている記事で、佐々木俊尚さんがこんな風に語っています。
みんなメディア業界で記事書いて、すごい入魂の、これはすごいいい記事だって、絶対みんなに読んで欲しいって雑誌に載せるんだけど、あまり読まれない。でも読んでいる方、自分が読者の側になって考えてみたら、そんなに気合い入れて雑誌記事読まないだろうっていう。
だいたいパラパラながら見になっていて、だったらパラパラながら見が本質であるっていうところに立ち返って考えると、記事はそうやって読まれるっていう目的に向かって、コンテンツを作るっていうふうに、やっぱり変わってくる。
これを読んで確かにメディアとしてのコンテンツの本質に立ち返ったような気がしました。
ここ数年でキュレーションとかバイラルとか、様々な「新興メディア」が登場して、メディア接触時間というパイの奪い合いとなった今、「コンテンツが消費される時代だ」という風に嘆かれています。
「元祖メディア」である、いわゆる4マス(テレビ・ラジオ・新聞・雑誌)と比べて、「新興メディア」であるネットは「信用性が低い」「出処不詳」みたいな理由で「質が低い」と批判されがちです。でもここで「だからネットのコンテンツは乱暴に消費される」と結論付けるのは早計で、そもそもコンテンツというのは、いつの時代もどんな種類でも消費されるものではないかと気付かされました。
たとえば新聞。新聞って色々あるメディアの中でも「格式高い」みたいなイメージが昔からありますよね。新聞記者が偉ぶるとか、新聞に載るとスゴイ、とか。
でも、どんなにエラい大手の新聞社だろうが、立派な編集部があって時間とカネをかけて取材を経て完成した記事(コンテンツ)だろうが、まさに「そんなに気合入れて」「記事読まないだろうっていう」なのです。
よく考えれば、新幹線に乗る前に売店で買って、車内でガッサーっと読んで、新幹線降りたらゴミ箱に捨てる。ゴリゴリの消耗品ですよね。
作り手がどれだけ気合を入れて作っても、受け手は1度体験したら終わりで、捨てるか忘れます。映画でさえ、一回観たら終わりっていうのが9割ですよね。俺スターウォーズは何っ回も観てるけど。
つまりコンテンツとは、作り手のプライドだとか、発信元の格式だとかは関係なくて、ユーザーにとってみれば消耗品以外の何者でもない。
そう考えると、4マスメディアとネットメディアの境目なんて、大したことないのでは?と思います。
そこで、メディアとして重要なのは他にあると考えられますよね。
僕は主に「定期性」「永続性」「中毒性」の3つであると考えています。
重要なのはコンテンツの質でなく、接触する定期性
先述したように新しいメディアがワっと増えました。でも人間の活動時間は24時間で変わらないので、各メディアがその24時間を奪い合うという戦いになっていますよね。
たとえば、20分の通勤電車の中での暇つぶしといえば、これまでは20分まるまる雑誌を読む、という方法がありました。今ではみんなスマホに移行していて、同じ20分の中でFacebookを開いて、LINEを開いて、アプリやゲームやニュースサイトを開いてと、メディア接触時間がめちゃくちゃ断片化されているわけです。だから色んなメディアがそのわずかな時間の奪い合いをやっていて、Syn.なんかその最たる例です。
消耗品であるコンテンツを通じてユーザーとの接触時間を増やすためには、「接触する頻度」を高めるしかありません。
たとえば、サザエさん。サザエさんの制作スタッフがどれだけ気合を入れて1つのエピソード制作しても、それを有難がって何度も繰り返し視聴する人は(よほどのサザエさんファンでなければ)まずいません。
でもサザエさんの放送は毎週日曜日の18時半に必ずやってくる。テレビの電源さえついていれば、ほっといてもサザエさんが茶の間に登場して、視聴者と接触するという仕組みが出来上がっているし、視聴者の中には「日曜18時半はサザエさんを観る」という習慣がついてしまっているわけです。
Webメディアは、これをWebでやらないといけない。定期的にユーザーと接触する仕組みを確立するのです。
よく考えたら、テレビが24時間365日つけっぱなし状態である事はまず無いけど、スマホはほぼそうなっている。いわば「ネット付けっぱなし状態」です。
毎週毎週、日曜の夜に「サザエでございまーす!」って言いながら茶の間に入り込んでくるサザエさんのように、いかにナチュラルに国民のスマホ画面に定期的かつ頻繁に登場できるかを、いまWeb系の会社がどこも真剣に考えてるわけです。
メディアは「ネタ」に永続性がなければならない
そもそもメディアとはコンテンツにする「ネタ」があって初めて、コンテンツという商品を生み出せます。だから「ネタ」のソースとなる、お湯が湧き続ける泉源を見つけなければならない。
これについては、「企業がブログに取り組む時によくある質問について答えてみる」という過去記事で似たような事を書きました。
この記事で僕は、「ブログ」というメディアが記事ネタを確保するには2通りのパターンがあって、「日常的に記事ネタが生まれるパターン」と「ノウハウ・コラムパターン」があると書いています。
「ノウハウ・コラムパターン」は作り手の頭の中にあるアイデアが尽きた瞬間に終了します。必ずいつか体力が尽きるでしょう。
でも「日常的に記事ネタが生まれるパターン」(例えば定点観測系など)として泉源が確保できれば、永久にコンテンツを生成できます。
メディアとは基本的に「ネタ元」に永続性がないといけないのではないでしょうか。
この世に事件がある限りニュースは無くなりません。でも事件の発生しない世の中というのはあり得ないので、ニュースメディアは永久に無くならないでしょう。
サザエさんだって、物語として最終回はないし、サザエさん達は死なないのでこれも永久的に続けられます。
logmiのWebサイト代表メッセージのページで、川原崎晋裕さんがこう表現しています。
誰でもWebメディアをつくれる時代、Web上には個人や企業がつくった無数のサイトが存在しています。しかし、その中で、実際に売上やコンバージョンにつながっているサイトはわずかです。
その理由はさまざまですが、大きく2つに大別されると当社では考えています。
まずひとつ目は、コンテンツ力不足。
IT企業発のWebメディアに多く見られ、コンテンツそのものに魅力がない、または継続的につくり続ける力がないなど、「編集力」の不足によって安定した集客を得られず、更新が止まっていたりするケースもしばしばあります。
コンテンツを発信する編集組織が形として「継続的につくり続ける力」を維持しなくていけないのは当然ですが、それは最早前提条件であって、すぐれたメディア組織の確立のために「泉源のようなネタ元」の確保がたいへん重要だと考えています。
とか思っていたら、nanapiの古川さんがこんな事を述べている記事に出会いました:
けんすう:メディアって3つのステップがあると思っていて、1)コンテンツの元ネタ / ソース、2)コンテンツの流通加工、3)コンテンツの流通なんですね。
筆者:うんうん。
けんすう:で、キュレーションって要は単なる加工なんですね。だからコンテンツの元ネタがあるキュレーションサービスは強い。例えば「iemo」は複数の事業者と組んでいるし「MERY」はECサイトと組んでやっている。「ログミー」は、書き起こしという誰でもできる加工方法なんだけど、それを元ネタをアライアンスで抑えているから強い。逆に2chまとめみたいな元ネタが誰でも使えるものだと競争が激化していく。
上の記事で紹介されているnanapiさんのサービスのひとつ「アンサー劇場」は、泉源を自製できてしまっているというびっくり仰天なストロングスタイルです。シャベル片手に泉源探しの旅に出るのではなく、自分の家から温泉が湧き出る仕組みを作ってしまっているという。いわば自宅で毎日温泉入り放題みたいな話。東京こわい。
Webメディアには中毒性が無くてはならない
「定期的にユーザーと接触する」という意味では、言い方はかなり恐いのですがユーザーに「中毒」とか「依存症」になってもらえば良いのです。
で、Webやスマホにおける「中毒」「依存症」は何かなと考えて浮かぶのは「スマホゲーム」と「SNS」ですよね。
スマホゲームはパチンコなんかと同じ原理で、プレイヤーの射幸心を煽りまくって中毒化完了です。
いっぽうでSNSはいわゆるマズローの欲求5段階説でいう「承認欲求」を満たしてあげて中毒にしています。人間の根本的な欲求をSNSで満たそうっていうわけです。
そう考えると先ほど出てきたnanapiさんの「アンサー劇場」のネタ元「アンサー」はユーザーの投稿に対して「即レス」で答えるという、承認欲求を満たしてアドレナリン放出させまくりのプラットフォームですね。東京こわい。
さて、どうしてここまで人はSNSに依存するのかと調べてみると、ライフハッカーさんにいい記事がありました。
Facebookで、ほかのユーザーから注目を集めたり、優しい言葉をかけてもらったりすると快感が生まれます。ただし、これはいつも得られるものとは限りません。
この「いつもらえるかわからない報酬」は、「毎回必ず得られるとわかっている報酬」よりも、はるかに中毒性が高いのです。その理由のひとつには、ご褒美がいつもらえるのかを予測しようとする脳の性質があります。
報酬を得られるパターンを見いだせない場合は、脳はなんとかしてそれを突き止めようと、その快感をもたらす行動にどんどんハマっていくのです。
この原理をどうにかWebメディアに活かせないものでしょうか。
最強のWebメディアは、定期性・永続性・中毒性がなければならない
もはや1日1メディア誕生してんじゃねーかって感覚に陥るくらいの、Webメディア戦国時代。玉石混交な状態になるのは当然なので、その中で頭ひとつ抜きん出るためには「定期性」と「永続性」と「中毒性」がなければなりません。
- サザエさんのように定期的に現れ、
- 温泉源のように永続的にネタが生み出され、
- いいね!のように「いつもらえるかわからない報酬」で中毒性が高い
この3つを押さえれば最強のWebメディアが産まれるのではないかと思います。
定期的で、永続性があり、中毒性がある。言い換えれば、
ピリオディカリー・エターナル・ポイズン!!!!!!(ドゴォォォォォォ)
99999のダメージ!相手は死んだ